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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

記憶喪失者は最恐処世術をかく語りき

無給 無給-社会

主治医は、過去の私のカルテ内容を見て引いたと言います。

彼はマスコミでも度々取り上げられて絶賛される、超絶名医です。

医学雑誌の表紙を飾ったこともあります。

その主治医が今日、私に大変心配そうな顔で、個人的にこう声を掛けました。

「ヤマトさん、本当に大丈夫ね?」

 

これは私が通う、精神科就労支援事業所での、静かな話題についての記録です。

 

 

ーーーーー

 

「ヤマトさんは記憶が飛んでいる」

 

この噂が事業所内に広まっているとのこと。

ヤマトさん、つまり私のことですが、この話は本当です。

記憶喪失と言うのを皆さん、映画とか小説の中だけの出来事と思っているでしょう?

違います。

実際に私は、高校中退以前の記憶がほぼ、ありません。

その体験は貴重らしい、と思って来たので、実録しようと思います。

記憶を失った体験を記録するのです。

 

ーーーーー

 

主治医は以前、こう言いました。

「記憶が戻ってくる時は、心のガードが緩んでいる時」

 

就労支援事業所の施設長にこの話をした会話文が、以下です。

 

施設長「じゃあ、ヤマトさんは今、気持ちが楽になりつつあるのかな?」

私「先生(=主治医)の論を踏まえると、そうですね」

施設長「うーん。そうなのかなぁ」

私「私も疑問ですね。今、全然何も楽しくないですから」

施設長「まあ、先生の言う事だからね。いいんじゃないかなぁ」

私「いいんですかね?」

 

かなりテキトーな会話ですが、私はこう言った日常がつまらない。

会話に付いて行くこと自体が出来なくて、億劫なのです。

フルスロットルでギアをハイに振り切り、無理をします

 

一言で言うと。

現在の私は、喪失した記憶が復元されているのです。

それは大変に頭を痛ませる。

この超絶名医が処方する頭痛薬でも、太刀打ちが出来ません。

しかも、痛みが酷過ぎて眠気が来ないのです。

だから睡眠薬も倍量に増えました。

 

何故記憶が戻るに当たり、この様な状態になるのか?

主治医は言います。

「辛い記憶が戻って来ると、頭が酷く痛む」

頭痛の種、と言う表現がありますが、私にとってのそれは、自分の過去なのです。

更に話は続きます。

 

主治医「あなたの場合、思い出したくないだろうことが多いからね」

私「そうは言われても、憶えていないので何ともコメントのしようが無いですね」

 

これが記憶喪失の本質です。

憶えていない、つまり自分が何をしていたかを全く把握していない。

把握していないことを指摘されても、本人はどうしようもありません。

陳腐な喩えですが、

「俺、そんなの聞いてねぇから責任取れねぇよ!」

と言う主張と相通じるものがあります。

 

過去、私が何をしていたか思い出そうとすると、頭痛が来るので止めていました。

けれども、最近自分の脳は、自発的にそれを行っているのです。

結果、頭痛で就労支援事業所を休む。

自分で自分の首を絞める構図です。

 

この記事だけ目にされた方は、

「何でヤマトユキは記憶が飛んでいるの?」

と思われるでしょう。

しつこく激しく熱っぽく以前から書いていますが、頭に電気を流されている為です。

これは現代精神医療で禁忌とされている治療方法で、私はその体験者。

どうも自殺を危惧された末の手段だったらしいです。

 

多分、主治医は当時の出来事が私に蘇るのを、恐れているのではないでしょうか。

そうしたら事業所で毎日死ぬ思いで働いている現在が、土台から崩れるでしょう。

こちらも推測でしか言えないですね。

憶えていないのがその理由。

 

倍量になったのは睡眠薬だけではありません。

エビリファイと言う抗精神病薬(主な適応は統合失調症)も同じく。

それで頭が痺れたまま仕事です。

私の就労移行支援勤務の詳細をお話しすると、飲食業接客。

ラリった作り笑いを振りまきます。

 

しかし、ここで面白い現象が起きるのですよ。

ラリる=ハイになる=頭がクリアになる=落ち着く

結果として、仕事が大変上手く行くようになりました。

今日は3時間半しか眠っていないにも拘わらず。

 

これが記憶喪失者の行く末です。

苦しいのかどうかすら分からなくなる。

それが、最大の問題点。

 

当然のことながらも、

「あなたの記憶はあなただけのものです」

と言う事実を私は言いたい。

皆さん、電気ショック治療を勧められたら、断固として断りましょう。

私も意識があった時にそうされていたら、絶対に拒否していました。

 

結論。

記憶を外から破壊されているので、私はもう終わっている。

 

と言うのは嘘です。

もう記憶喪失事件から15年が経過しています。

「今更こんなこと言ってもどうにもならない」

と諦観しているのが正直な気持ちです。

諦めは何に対しても勝る、最強のツールだと思います。

それを使えば、大抵のことは手放せるのです。

 

就労移行支援を受けているにも拘らず、面接に落ちまくっている現在。

接客班の先輩は、躁状態激烈に私だけを毎日怒鳴ります。

きっと発達障害者で統合失調症の、意思の疎通と要領の悪い私がムカつくのでしょう。

「ヤマトさんは新しい職場に行ったら、皆に愛される存在になりなさいね」

と言う物凄い嫌味も言われました。

 

その中、心のガードは緩んでいる。

今までどんな世界に、自分は存在していたのでしょう?

 

辛いことも慣れてしまえば、特に驚く必要がありません。

大したことだと自分で意識するから、大したことになってしまうのです。

「へえ?そうなんだ。だから?」と何事も馬鹿にし切って捉えてみてください。

私はそうして毎日を凌いでいます。

楽になれますよ。

 

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