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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

【連作短編❷】エレクトロ・コンビュルシブ・セラピー/ECT

創作-無題 創作

 私の左右の耳には、現在合わせて十個のピアスホールが存在する。潰れてしまったが、軟骨にもピアスを貫通させたし、皮膚が腐って耳の破片が崩れたこともある。だから私の耳の形は歪だ。これは所謂、身体改造に当たるだろう。

 ピアスのスタッドにこびり付いて来た破片を見ても、私は痛みを抱かなかった。只何となく「こういう時も来るか」と思っただけ。

 この凹みを、私は自分の精神の象徴だと思っている。凹んで復元しない存在、それが自分だ。それが肉体にまで表出しただけの話だろう。

 ホールを開ける、つまり耳に穴を開ける訳だけれども、これをわざわざ冷やして、痛みを感じないよう細工して実行する者の気が知れない。私はそれをした経験が無い。半ば自棄になっていたのかも知れないけれども、立て続けに三つ穴を開けた経験もある。

 一種の趣味、自分の表現方法、そして退屈凌ぎ。

 それだけのこと。

 

 

 身体改造をする者の心情を描いた作品がある。こう表現されていたことを思い出す。

 

「痛みだけが真実」

 

 私にとっても、それは真実だ。痛みのみが、実感出来る現実との接点で、その他の感覚は宙に浮いている。嬉しい楽しい怖い哀しい、それらが私には分からない。他人の心情になると、完全敗北お手上げ状態。自分の感情すら碌に理解できないと言うのに、他者に構っている余裕など何処にも存在しないのだ。だから私は、痛みを基にした推理と推測だけで自分の世界を操作している。

 

 痛み。

 脳に伝わる感覚のひとつ。

 そのひとつが、私にとっては唯一だ。

 

「ピアス、痛くない?ユキ、大丈夫?」

 大丈夫だから開けているのでしょう。

「何かあったの?見ているだけで痛い」

 あったから痛みに寄り掛かっているのでしょう。

「あったなら、言ってよ。話聞くからさ」

 話を聞いて貰っても伝わらないから、私は話さないのでしょう。

 

 皆の考えが甘過ぎる。

 私の精神は地獄を通り越し、虚無へと転がり込んでいると言うのに。

 

 家族を刺す為に包丁を持った私は、そう言う会話を脳内で手繰り寄せていた。

 考えはやけに透き通っている。私ではない私が自分でない自分の身体のどこかから信号を発していて、それを延々受信し解読しているだけに思われるのだ。

 こいつらを殺したら私は絶対に気が晴れる、しかし同時に社会から無法者として追われる日々も始まる。だから私はこの場面に於いて、果たして刺す価値を見出せるのだろうか?

 頭の中の天秤は揺れる。左と右の皿が揺れ動く。

 想像に走っている内に、弟が隣の部屋から走り込んで来て、私の持つ包丁を掴んで投げた。それは、重く乾いた音を立て、裸のフローリングへと転がった。

 

 警察を母親が呼び、私は精神科病院への緊急搬送が決まった。

 一度は入って見たかったそこだけれども、実際に決まるとそれは想像を絶した場所だった。

 自分の精神がどうなっているかを、医師と言う名の他人が判断する。その判断により、自分の現在も未来も生活も経済も左右されてしまうのだ。医療保護入院、別名措置入院。私は高校二年生にして、早くもその医療界の切り札を出された。否応無く、私の意思も訊かれずに収監。

 

 耳に穴を開けていた日々、それが如何に甘ったるく自由で奔放な世界かが客観的に見られる。

 

 私本人不在にて、両親と医師が何か別室で話をしている。

 かく言う私は、両手首足首を布の帯で寝台に固定され、眼球だけを無理に左右へと動かしていた。身体の上には毛布すら乗っていない。

「先生!もう駄目です、どうにかして下さい」

 父親が珍しく他者に懇願している。何が駄目なのだろう。駄目なものは沢山あり過ぎて、最早何が駄目なのか埋もれてしまって判別が付かない。

「お願いします、もう本当にうちはどん底なんです」

 母親も泣き声で医師に縋り付く、姿が見えそうな発言。どん底と言うのは、やはり状況からすると、娘が親を刺そうとしたこの内の現在を指すのだろう。だったら根本を考えろ。誰が何をして逆上させ、結果殺され掛けたのか。もしかしたら私のピアスホールの回想は、自衛手段と言う名の配慮だったのかも知れない。

 これは優しさとは違う。私は家族を殺したくて包丁を持っていたと言うのに。

 

「分かりました。電気痙攣療法を施行しましょう」

「それで、うちは救われるのでしょうか?」

「そうですね。娘さんはこの治療に相応するケースだと思います」

「ありがとうございます!」

 

 は?

 

 電気痙攣療法?

 

 それは、頭に電気を流すモノだったと思う。それを、私が受けさせられるのか?

 

 多分書類だと思う、紙束の擦れる軽い音と、僅かな音量で進んでいるらしい話が不明瞭に耳に届く。私は想像を巡らせた。多分これは、インフォームドコンセントの進行だ。私はそれらを一切聞かされないのか、それとも最終決定は私自身に委ねられると希望を持って良いのか。

 どちらともつかずのまま、三十分間分、時計の針が回った。私はそれを見つめる、しか出来ない。

 

 別室から医師と両親が出て来た。

 彼等は何を言うのか。

 

「じゃあ、今から麻酔を掛けるからね。楽になる治療をするよ」

 医師は何気なく私と目も合わさずにそう言うと、今にも泣きそうな顔をしている脇の看護師に指示を小声で出した。

「ECT」

 両親は能面の様な無表情で、ただ私を見ている。

 弟は何処にも居ない。

 

 

 私は声とも言語ともつかない音を発した。

 脳内に光が走って、次に体全体が揺さぶられる衝撃がやって来た。鞭で頭をこれ以上無い程に殴られた感覚、それが一番近いかも知れない。

 それだけだ。

 

 次に目覚めると、私は不登校状態になっていた高校、そしてそこの同級生の顔と名前、あれだけ必死に机に向かって頭に詰め込んでいた勉学、これまでの記憶、つまり自分と言う名のアイデンティティをほぼ、失っていた。

 それは私と言う存在そのものに、穴を開けられた感覚だった。

 

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