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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

精悍なる生還と静観

日常

クソみたいな弟が家業を継ぎに、クソみたいな実家に帰ってくる、そう言う話を以前このブログに書きました。

 

その続きです。

 

 

私は諦めました。

と言うか、もう実家に私を援護してくれる人間はいねえなこりゃ、そう分かったので、達観したのです。

 

今日は、いつも気分的にとてもとても目出度い精神科の診察日でした。

超絶名医の主治医(本当なのですよ。医学雑誌の表紙を飾る位の先生なのです)は私にいつも通り、こう切り出しました。

 

「やあ。調子はどうだい?」

 

私は返します。

「かなり落ち込んでいたけれども、直ぐに戻りました」

 

主治医「それは良かったね。でも、どうしてだい?あんなに弟さんのことを気に掛けていたのに」

私「もう弟が実家に帰ってくることは決まっているので、始めから事情に蹴りが付いてもいたんです。だから吹っ切れました」

主治医「(本気でビビった表情にて)あっさりしてるなぁ!!!!!」

 

そう、もう私の力ではどうにも出来ないことは、目に見えていた。

私はそれに抗おうと、必死に自問自答を繰り返してドツボに嵌っていただけなのです。

 

 

あのクソ実家のクソ家族の考えが、私一人の意見でひっくり返ると思えませんから。

最初から無理な話だったのです。

期待した私こそがクソでした。

私も結局クソ一族のクソ一員に当てはまるのかも知れません。

こんなクソみたいな局面で。

 

死ぬ程嫌なので、私は実家を完全に見限ることに決めました。

何故なら自分は気高く生きたいからです。

鳶が鷹を産んだ、そう言う実例を見せてやりたいです。

実際の所、私は健常者から産まれた障害者という形で、鳶が雀を産んだ、位のレベルでしか生きていないのですが。

 

でも、そう言う人生は余りにも勿体無いのです。

クソみたいな親から授からされたクソ命。

擲って良い、そう衝動的に思う瞬間ばかりなのですが、それだけで私が終わってしまうのは余りにも勿体無い。

 

それに親はどうせ私より早く死にます。

弟にしろ、全くタッチしないまま17年経過しましたからね。

もう居ても居なくても変わりは無いのです。

 

 

私の人生は自分で決めるもの。

 

 

先に死ぬ奴とか、障害を理由に私を避ける様な極小な奴は、もうどうでもいい。

相手にするだけエネルギーの無駄。

それよりやるべきことがあるのです。

 

 

さて。

私の持っているCDで、こう言ったタイトルの曲があります。

その名も、

 

『ゴーイング my 上へ』/surface

 

そう言えば、私はこの曲を中学かそこらで聴いて、凄く勇気を貰いました。

今でも聴き返して、こう思います。

 

 

「つまらん奴は丸めて三角コーナーに捨てる」

 

 

歌詞からいつも、自分がそうしているシーンを想像します。

私の場合、両極端な性格なので、捨てた後に焼却炉かゴミ収集車へ直接持って行きたい気分にまで発展するのです。

 

さあ、この曲の歌詞が気になる方、ネットで検索するか、CDを買ってください。

Fate』と言うアルバムに収録されています。

因みにこのタイトルは、日本語で言う、『運命』。

 

私はゴーイング my  上へ行く Fate だったのかと今更思いました。

 

死中に活を見出す。

自分に喝を見い出しつつ、行きて(誤植では無い)いこうと思います。

皆さんご心配お掛けしました。

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