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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

「もう終わったことだから、いいよ」

無給-自己 無給

今日、私は電車内にて、泣きました。

人目を憚りながらも、涙を止めることが出来ませんでした。

普段、私は絶対に他人の前で泣きません。

弱いところを見せたくないのです。

それに、そう言うところを見せるのも好きではありません。

更に言うとそんな姿を見せたら、私が私自身を許せないのです。

 

だから、勤務先では、どれだけ不条理で訳分からなくて向こうが悪いのでは、と思った時でも、涙は決して見せませんでした。

 

今日は駄目でした。

 

 

電車内にて泣けてきました。

精一杯生きて来たのに私自身が低レベル。

生まれつきの障害者、それからも病気は連鎖の如く起きる。

 

 

先ず、発達障害者として生まれました。

(私の生まれた頃には、そう言った概念は生まれていなかったのですが)

周囲との埋まらない軋轢や溝により、親の過剰な期待やいじめに遭い、それを見返そうと勉強に打ち込む。

それで無理をして体を壊し、小児科にて自律神経失調症と診断されたのが、中学生。

不眠や目眩、耳鳴りに拒食を体験した末の受診でした。

 

精神科に背景は変わり、不安神経症と診断された高校一年生。

その内、抑うつ状態と病名は変わり、高校二年生で私は自殺未遂。

高校を中退後、精神科の入退院と、自殺未遂と助かってしまう現実を繰り返して、辿り着けば統合失調症と診断されていました。

 

大検を取って大学に合格して卒業したのは良いものの、それから私は殆ど他人と交流出来なかった。

そして、現在は発達障害と言う診断名も付きました。

「あなたは何回も死のうとしたけんなぁ」

私の姿を見かねた医師は、冗長な口調且つ必死な顔で、そう言いました。

 

 

産んだ親の責任でしょうか?

でも、結局自分の人生の責任を、親が取ってくれるわけではありません。

 

自分のことが許せない。

人生を本当に擲ってきた。

 

なので、真実を話すと、線路内に飛び込もうと考えながら、今日、ホームにて佇んでいたのです。

もう人生に諦めが付きました。

 

死にたいのです。

 

去年精神科を退院してから、私は十年来止められなかったリストカットを、禁断症状を抑えながら我慢して来ました。

でも、もう限界に近いようです。

手首を切る元気もありません。

そんなことが出来るのは、まだ生きていられる余力のある証拠だと思います。

 

 

親に連絡なんて取られません。

こちらは、虐待としか思えない行動を取られて来たからです。

以前、大学病院に勤務する、プロの精神科医ですら、私へこう言っていました。

 

「こんなことを言っては何だけど、あなたがかわいそう」

 

私が泣きながら人生を訴えた結果です。

一番近くにいた筈の親ですら、私にとっては加害者以外の何者でもない。

もし彼らが味方で居てくれたならば、精神科の診察室に、私は今も訪れていただろうかと考えます。

本当は、精神科も、薬も、好きではありません。

 

 

母親は、私にこう言っていました。

「今まで自分たちがユキにしてきたことと、ユキが感じて来たであろうことを考えると、胸が痛む」

私はこう返しました。

「もう終わったことだから、いいよ」

母親はこう言いました。

「そう言ってくれると助かる」

 

ニュアンスを履き違えて取られました。

私は、私の心がもう終わったことだから、どうでもいいのです。

 

私の言葉足らずでした。

それから、家族とは一切話をしていません。

これは数か月前の話です。

 

母親は彼女なりに、謝罪しようとしたのかも知れません。

でも、私が「もういいよ」と言っただけで引き下がるべき問題を、私の人生に残していったと思っていいのでしょうか。

 

私を精神科病棟に入院させる直接のきっかけとなった父親については、もう会う気がしませんし、会う事も無いでしょう。

弟は、大学付属の病院の研修を終え、来年仕事を継ぐ為に実家に帰って来るそうです。

それを私抜きで決定された後、報告として知らされました。

彼とはもう十七年間、音信不通、生き別れ。

だから実家に、これからどんな顔をして現れるべきかも、私には分からないのです。

 

 

障害者の私は、結婚相手も居ません。

「あなたの苦しみは大きすぎる。さよなら」で終わりです。

無理のないことですけれども。

今の主治医は、私に対してこう言ったからです。

 

「あなたはひとりで重過ぎる荷物を持ち続けている」

 

私はこう返しました。

「その荷物を、一緒に持ってくれる人は出てきますか?」

こう言われました。

「きっと居ると思うけれども、確約は出来ない」

 

現在はこう自分で思います。

自分の荷物は、死ぬまで自分で持ち続けなければいけない責任がある。

だから、他者にそれを持たせるのは違う。

それが出来ないならば、最終的には自死しても仕方がない。

 

自殺はいけない、止めよう、そう言われる理由は理性で分かります。

命を粗末にするのは、良くないこと。

生きたくても生きられない人がこの世界には沢山居るから。

でも、本能としてブレーキが掛からなくなる瞬間があるのも分かるのです。

だからこそ、自殺未遂やリストカットを繰り返してきた現実があります。

 

私はどちらかと言うと、自分のことを、死にたくても死んでいない人間だと思っています。

死にたくても死ねない、ではなくて、死んでいない。

 

 

はじめに、『勤務先』と私は自分の職場のことを書きました。

仕事と呼べない様な、世間に恥じるべき職場だと、自分については認識しています。

私自身も、私の人生も、すべて恥ずかしくて申し訳無くて仕方がない。

だから、心の底からは、いつまでも笑えないのでしょう。

 

どうやら私の心は、容量オーバーらしいです。

 

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