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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

『並行』(29)―本当にバカなのは誰だ?

創作-並行 創作

 一月二十日が来た。

 それぞれの学部の学生が学生課の前に列を成して並ぶ中、私は哲学科の人混みの中に別田の姿も中村の姿も、見つけられなかった。

 

 設定された締め切りの十六時へと、あと半時間で時計の針が回ろうとしている。

 

 既に私は、昼の十二時に論文を四年生に混じって提出した。学生課の職員はその際、私の学生証を確認しても、「え?三年生ですよね?何で?」とは言わなかったし、怪訝な顔もしなかった。それもそうだ、私は外部教授殺しの容疑者として、学内で有名人になっている雰囲気は、直で伝わっているから。

 学生課の職員も、他の学生も、教授達も、私を遠目で遠巻きに囲んでいる。非難したいけれども出来ない、しかし証拠がひとつでも見つかれば、即私をひっ捕らえて首根っこ掴まえて警察に突き出す。又はすぐさまゴシップの贖罪山羊でもして血祭りに挙げそうな、そう言った目線と欲望が嫌でも感じさせられた。

 

 対し、私には根拠のない自信があった。

 自分は絶対にそう言った見世物にはなりたくないから、ならない。

 そう言った心理が。

 

 論文を提出して、後期試験を終わらせ、結果待ち。その後、春季休暇。四年生は卒論が認定されて、単位も満了できていれば、卒業。端詰ゼミ、正確に言うならば、元外部ゼミは現在の姿が失われることとなる。

 私はそれが待ち遠しくてならなかった。あとほんの僅かしか期間はないと言うのに、永遠にも似た隙間に感じられた。

 下北と他山は一日違いで死んだ。下北は全身を強打したショックと失血死。他山は腹膜炎を起こして。別田は哲学文庫で私が中村に電話を掛けた後も、一向に姿をゼミに現さなかった。中村は端詰に執拗な位、単位取得と卒論認定を迫っている姿ばかり見られた。それは色仕掛けにも近く、口説きにも近く、脅迫めいた空気も感じられた。ゼミで中村と端詰のみ会話し、私は只沈黙しているのみだった。

 

 認定は有り得ないかも知れないけれども、提出する価値はあると思っていた。

 私は過去に放り投げかけもした論文を、期限直前の二週間で一気に書いて仕上げた。設定は三万字以上、すべて活字でワープロ打ち、もしくは原稿用紙に相当分を手書きで提出しなければならないのがルール。

 私は学内に居るのが大変に苦痛だった。だから、自分の部屋に篭り切り、パソコンの前に平均して一日五時間座りづめで画面に向かい、キーを叩き続けた。

 

 これまでの外部ゼミに於いての発表の実績があったから、資料をまとめ直して編集、と言う作業は省くことが出来た。しかし、今までの論文の下書きは一切合切灰にした為、頭の中で浮かんできた論を組み立て、構成し、それを白紙のコピー用紙に殴るにも近い書き方をした後、直接ワープロへと向かった。

 

『死に至らせる病』 H学院大学文学部哲学科三年 上野さつき

 

  これが、私の完成稿。

 

 完成稿はあっさりと受理され、端詰の評価を待つのみに終わる。

 

 中村と別田の姿はその後確認できないまま、後期の授業も終わった。後期試験は、ゼミの出来事が様々にあり過ぎて、自分でとても結果を評価出来なかった。何だか夏休みが終わってからこれまでと言うもの、時間が速攻猛スピードで走り過ぎていった気がしてならない。だから現在、本当に時間の隙間に落ち込んでしまった気がしてもならなかった。

 

 H県の平地のここでは、珍しく横殴りに大雪が降っている日だった。

 

 私はアパートにて、ニュースを見ていた。

「株価は上昇を続け、日本経済も上昇する傾向を見せ・・・」

 そう言う世界はよく分からない。

アメリカ合衆国の障害者施設で、男が凶器を持って押し入ると言う事件が・・・」

 こう言う世界は別世界。

「北海道は旭川の模様は、今年で過去最低の積雪となり・・・」

 ああ言う世界も遠く離れている。

 私には知らないことが沢山あると実感させられるから、基本的にテレビへ興味は無い。自分の無知を身につまされるのだ。私は自分の周りに対処するだけで、日夜精一杯になっている姿が俯瞰される。

「ーでは、え?はい。速報です。H県のH学院大学の学長、端詰誠哲学博士が、先程淫行の疑いで逮捕されました」

 私は一瞬頭の中が飽和した。

「え?」

 アナウンサーは続ける。

「端詰容疑者は、受け持っていたゼミナールの女子学生と、猥褻な行為をした疑いを持たれています」

 

 女子学生!

 

 現在ゼミに残っているのは、私か中村梓沙だ。消去法で行くと、私には何も情報が流れて来ていなかったから、ニュースでは中村を指されていることになる。

「・・・女子学生に現金数十万円を渡し、一か月ほど前から自宅に招き入れていたことが確認されています。端詰容疑者は国内外にて哲学者として名を馳せており、この事件は世界に多大な影響を及ぼすことが予想されます」

 私は言葉が本当に出なかった。

 

 その代わり、こう頭に浮かんだ。

 中村も直近の事件で自棄になっていて、端詰も何かしら嫌気なりフラストレーションが溜まっていたのではないだろうか。

 

 その『何かしら』は、恐らく、いや確実に、私にある。

 

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