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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

統合失調症当事者討論(バージョン病むのが嫌な人間)

無給

統合失調症に苦しむ皆さん!

この言葉をご存知でしょうか?

それは、寛解(かんかい)』です。

 

 

噛み砕いて説明いたしましょう!

 

この病気は、完全には治らないのです。

現代の医学は、そこまで追い付いていません。

けれども、心の底に沈めて生き抜くことは可能。

その、「心の底に沈められる」ことを、寛解、と言うのです。

 

私は実際、統合失調症と17歳で診断を受けています。

それから1日20錠薬を処方されたり、入退院を繰り返したり、自傷自殺未遂をやらかしまくったり、病人そのものの人生を歩んできました。

それは、医師すらも私のカルテを見て引いた、と告白して来たくらいです。

 

しかも、自分が病気だと言う自覚が全く無かった。

かなり変に思われるかも知れませんが、自覚のないところが正に統合失調症なのです。

 

 

おや?

あら?

まあ!

 

私は今、自覚を持っています。

そう、寛解しているのです。

 

だからこそ、医師が私に「統合失調症の患者目線でのパンフレットの作成を頼む」と言ってくるのではないでしょうか?

 

 

心の底に病気を沈め、死にたい気持ちを隠し、車の行き交う道路に飛び込みたくなる衝動を抑えることは、なかなかまあまあ大変です。

私はしょっちゅう家(=安アパート=家賃3万円台)にて、こう叫びます。

 

「ああああぁあまた一日終わる!死にてえ!」

 

最悪な一日の終わりです。

明日なんて本当は来てほしくありません。

見るのも悪夢ばかりなのです。

ここ数年、まともに気持ちよく目覚めたことがありません。

 

 

悪夢の一例↓

家族(とも言えないのかも知れない?反面教師と思っている方々)が包丁を持って私を追ってくる。

私は暗い階段を泣きながら駆け下りて逃げまくる。

走った先に居るのは、現在の精神科超絶名医としてリアルに名高い主治医。

私は叫ぶ。

「先生、助けて!」

主治医は、手を前に出して、家族にこう言う。

「そんなことをしてはいけないよ」

 

 

まあ?

あら?

おや!

 

悪夢のラストは、救いへと変化しているのが分かりますよね?

そうです!

これこそが現実の寛解の一例。

 

 

心に沈めている家族との軋轢。

実際私は虐待に近い扱いをされてきましたからね。

そう、私の人生はぶっ壊れています。

どうにでもなれば、と言う感じでしょうか。

 

 

 

私は自分について、こう思っています。

「後は野となれ山となれ」

 

 

自分が大変に嫌いです。

好きなところ、ありませんから。

何しろ統合失調症プラス、発達障害(昨今話題のアスペルガー症候群です)の二本立て。

生まれながらにして、いきなり死の宣告を受けてしまったと言う心境。

だったら生まれてくる前に殺せ!と言いたい。

 

おい!

親!

テキトーに人間作って産むな!

その結果が障害者だったら、虐待するのか!

それはおかしい!

 

こういう思いを私は、ここ10数年抱えていました。

 

 

立ち直られたきっかけは、ひとり暮らしです。

 

はっきり言いますが、「家族みんな一緒で幸せ」って分からない。

私はひとり気ままに生きるのが大変に幸せ。

でも、医師はこう言います。

「長く続く憎しみは、裏を返すと<寂しい><構って欲しい>と言う気持ちの表れ」

 

どうなのでしょうか。

私は家族に対して、こういう感情は諦め、蹴りを付けています。

蹴っ飛ばして地球上から逸脱させてブラックホールへと吸い込まさせているのです。

それは、無理矢理家族を見放したこととイコールになるのかも知れません。

 

 

因みに、私は元重度の引きこもりですので、やはり去年までは友達、年に新しく出来て居るか居ないか

つまり、1 or 0と言う超低級なお話だったのです。

 

去年、先に出てきた主治医に出会って、私は人間が変わりました。

今は他人を心から信頼出来るかどうか、と訊ねられたら大変に困ります。

でも、少なくとも以前よりはイエスと言えます。

 

先日、私は誕生日を迎えました。

50名近くの人々が、祝ってくださったのですね。

 

ありがとうっ!!!!!!!!!!!!!

 

因みに家族はこの日、どういうリアクションを取ったか、気になりますよね?

来ましたよ、メールが一言ね。

多分、先方もある程度、私に遠慮と言うか、気を遣っているのだと思います。

実際に会って話しても、向こうはどうだか分かったものではありませんが、私はちっとも楽しくないです。

 

だから電話は一切しません。

 

家族(弟は論外。もう17年顔を見ていない記録。だから死んだものと沈めています。もうどうでも良いし。死んでても生きててもは、私のことをどう思っているのか?

障害者を産生してしまったことを、大変な罪悪と感じているのか?

それとも、自分達の体面を気にしているのか?

 

私は他人の気持ちが想像しにくい側面がある(これは病気でしょうね)ので、推測するしかありません。

 

 

推測材料↓

私の母親の話。

やはりここでも医師に、私の半生の手記を作れと言われた私に対し、ひと言。

「うちのことだと分からない様にしてくれ」

あ・き・れ・ま・し・た・!

 

 

やはり、駄目なものは駄目なんですね。

 

それは、私の家族環境だったり、私自身だったりするのです。

 

これも蹴りを付けるしかありません。

 

 

リアルな者として書きますが、精神の苦しみに一番効く薬は、諦めだと私は思っています。

諦めればそこで試合終了、そうすると新しい試合がスタートする可能性だって孕んでいるでしょう?

 

もちろん、そこには次の試合が待っていない可能性も予期しておかなければなりませんが。

 

これを私は、寛解、だと思っているのです。

 

 

(追記)

私の書く文章は、過激且つ狂的だとの評価上々。

上等。

受けて立とう。

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