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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

『並行』(26)―本当にバカなのは誰だ?

創作-並行 創作

 

 私は自分の中で展開されている想念から現実に戻り、目の前に意識を戻した。

 下北に殴られた他山は、無惨に転がって、強かに腹部を床へと打ち付けていた。

 

 血液が他山の下半身から徐々に拡がっていく。

 

「え?あ、わ、」

 下北と他山が全く同時に、全く同じリアクションを取った。

 これには、私も血の気が頭から引くのを感じた。

「わ、ま、まじっすか」

 思わず口走った下北。中村は微動だにしない、目の前を凝視している。

「あ、いた、痛い、いたい」

 他山が腹部を押さえる。赤色が止め処なく流れて行く。

「え、わ、うわ、びょういん、いかなきゃ、」

 下北は口走るだけ。

「よぶの、救急車、でしょう、今は、多分、」

 私は切れ切れに反応した。

「でんわ、しなくちゃ、痛い、番号は、」

 他山が息も絶え絶えに言った。

「えええええ、と、ひゃく、なんばん?」

「いち?」

「きゅう?」

「どっちだっけ?」

 曖昧な情報が教室に飛び交う。つまり、それだけ私達は緊急事態に瀕したことが無いのだ。

「どっちでもいいから、掛けてみよ、う、よ?ねえ、早く!」

 中村が途切れ途切れにやっと口を開いた。

「じゃあ、私はいち、を掛ける」

 私は言った。

「私はきゅう、を掛ける」

 中村も応答した。

 

 百十番は、警察。百十九番が救急車だった。

 

 どちらにも電話にて事情を説明させられた私達は、大学の学生教授その他近所の注目を集めながら、警察と救急車を呼ぶ大騒ぎを巻き起こした。

 百一号室にて、緊急取り調べが行われる。

「他山恵さんを殴ったのは、下北理司さん、で間違いありませんか?」

 警官が車両と共に学内に乗り込んできて、そう言った。

「・・・」

 言葉が見つからない下北。

「・・・はっきり言ったら?下北くん。そうですよ」

 意外にも中村が下北の代わりに、はっきりと返事をした。

「状況と周りの証言からすると、そうですね。これから事情聴取を致します。署までご同行願えますか。下北さん」

 警官が硬い表情と制服を身に纏いながら、厳然と下北へ宣言した。

「・・・俺、公務員、なりたい、」

 下北が口走った。

「公務員!これまで勉強して来たのに!駄目なのかよ!俺殺される!もう駄目だ!人生滅茶苦茶になる!終わる!終わって死ぬ!だったら今死ぬ、」

 叫びながら、下北は急に突進して警官を押しのけ、出口から階段へと向かった。

 私はまたもや血の気が引いた。

 階上からこいつ、飛び降りる気じゃないのか!

 死ぬぜこいつ!

 まじか!

 

 下北を追って、私は即座に警官の横を走り抜け、階段へと向かった。

 一階上の段を、下北は猛スピードで上がっている。

「下北!待て!まじで!無責任だ!死ぬのか!」

 私の叫びが吹き抜けの空間へと、痛く鳴る。

「死んだほうがマシだ!生きるなんてもう嫌だ!」

 下北はもはや絶叫しながら、全身を使って階段を一足飛びで登っていく。

「目ぇ覚ませ!いい加減にしろ!」

「俺は死ぬ!死に至る病ってやつ!本当に死んでやるよ!」

「やめろ!」

 学術研究所の最上階、七階まで上がり詰めた下北は、近くの窓サッシを強引に開けた。

「飛び降りる気か!下北!」

 私のことばは、虚しく響くだけだった。

「おおおおおれ、ぼく、しぬ、死んでやる、」

 

 

 

 救急車は、他山と下北の二人を、救命病院へと搬送した。

 

 私と中村は、状況を警察に説明してからその病院へと、端詰が手配したタクシーで向かった。

 他山の事情を話していた別田は、自分の元から逃走した、そう端詰は言う。だからこの他山と下北の事件を知った場合、こいつも自殺しかねないのでは?私はどうでも良いゼミの人間ですら、死なれたら大変な衝撃を受けさせられることに恐怖した。

 

 そうだ。

 自分が死ぬことではなく、死なれることが恐ろしいのだ。

 だって、そうしたら自分へ害が被るから。

 

 死なないでくれ。

 私の為に。

 それは、私が怖過ぎる。

 

 中村は救急病院―奇しくもそれは、外部が搬送されて死んだ病院と同じH大学病院―にて、始終真っ青な顔色で、ひとことも発さなかった。いや、発せなかったのだろう。自分のゼミ内で、三名の人間が死んでしまうかも知れない状況は、笑えない。

 私もそれを見て、今回ばかりは状況や中村をバカにすることが出来なかった。これは私の嘘が元となって引き起こされた事態だ。最終的に私へも警察の捜査が及んできたら、当方にもお呼びが掛かってくる可能性もあるのだ。それは、迷惑、怖い、嫌だ。

 

 H大学病院の集中治療室からは、下北や他山の心臓の動きを伝える電子機械音と、医師や看護師が手術に当たっている物音だけが聞こえてくる。

 部屋の横に伸びる薄暗い廊下では、治療室の窓に掛かったブラインドの隙間から漏れて来る微かな光を、私は呆然とただ見つめていた。

 

 線状に光が埃を映し出す。

 埃は地面へと堕ちていく。

 それは私で、下北で、中村で、別田で、他山で、外部だと思った。

 皆一律で一様に、世界の底へと沈んでいく。

 そのことが、本当の『死に至る病』なのだ。 

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