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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

『並行』(21)―本当にバカなのは誰だ?

創作-並行 創作

 連絡が中村から来たのは、ひとり、正月をアパートにて過ごしている最中だった。

 もう誰も信じられないし私のことも分からない。とにかくひとり!ひとりになれるのならばそれでいい!そう言う思いを込め、特段いつもと変わりない、白米と味噌汁の食事を、力を込めた指にて箸で扱っているとき。

 

 電話の発信者画面に『中村梓沙』と出て、こいつ今度は私相手に何をやらかすつもり?そう言った疑念が心に立ち込めた。

 顔の筋肉に変な力が入る。

 通知を受け取った。電話機を耳に当てる。

「はい。上野です」

「中村です。連絡です・・・上野さん」

 いつにも増して薄っぺらい嘲りを予測していたのに、中村はそれに反して泣き声だった。

「・・・いかがなさいました?中村さん」

 やはり一所懸命になっている奴をバカにしたくなる癖は変わらない。慇懃無礼に返答した。

「・・・外部先生が、きとくです」

 きとくです。

 それを奇特です、と捉え、この人何を言っているんだ正月から?と私は呆れ返った。でも次の瞬間、中村のテンションと、きとく、その二つの意味を掛け和わせて「危篤」、そう言っているのだと判断した。

「確認しますが、外部先生は、生命が危ないと言う事でしょうか?」

「・・・はい」

 へー。と思ったが、次には自分の周りに死にそうになった人間がリアルには居ないことに気が及んだ。つまり、現在の私の状況は、いまだかつて体験したことの無い状況。私自身は死んでいる。それは自己内部、精神の死であって、外部はどうやら肉体の死を迎えようとしているらしい。

「もう一つ確認ですが、その理由と言うか、原因は何でしょうか?」

「交通事故です・・・外部先生の運転していた車が、正面衝突したんです・・・トラックと」

 ふーん。そう思って現状を受け流すことが出来たら、それは今までの私自身と変わりがなかっただろう。でも、いまや私は違う。受け流すというより、中村の話している内容が、電話機を当てている右耳から左耳に流れて行く感じ。通過すると言ったら正しいだろうか。受けないで、流すだけ。

「そうですか。それで、私達は何かできることがあるのでしょうか?」

「・・・祈るしかないんじゃないんですか」

 はあ。祈ることは考えることよりも格段に無力だと思う。だから祈りを重視するキリスト者の外部を軽蔑していた部分もある。

 神に祈ることの何処が、私達の実際的な力になるというのか分からない。精神を増強させてくれるのだろうか?ならば精神病者が宗教にハマっていくのは矛盾しているのではないか?一方で、救いを求める余りに教えに縋りつき、もう一方で、救われるという淡い期待から逃れられずに教えに沈殿していく。それを増強とは言わない筈だ。

 この冷静すぎる頭の回転は、一体何なのだろう。

「祈る、ことですか」

「そう。先生は、H大学病院の集中治療室に・・・いますが・・・上野さん以外は・・・みんな・・・ここに居ます」

「意味が分からないです。私以外のゼミ生は、H大学病院のICUに揃っている、と言う事で解釈してよろしいでしょうか?」

「・・・はい」

 私が中村の発言をそれこそ文字通り増強することによって、中村の言いたいことが明らかになった。こんな時にも哲学的な言い方を押し付けられる自分の境遇に、溜息さえ出る。

「私は、そちらに向かった方がよろしいでしょうか?」

 そう言った途中で、電話が切れた。

 後で聞くと、このとき外部が死んだらしい。

 

 

 学術研究所五百四号室には、一月二日、つまり三箇日も経っていないのにゼミ生が集まった。大学は正月休校の筈なのに、私達外部ゼミ生の為だけに、研究所の扉の鍵が開けられた。

 研究室内は、空っぽの空気が上層に浮かんでいる感じ。息が苦しいのは酸素までも天井へと上っているからだろうか。

「上野さん」

 別田が空気とは反対に、重苦しく口を開けた。

「はい」

「あなたは集中治療室に居なかったからその後が分からないだろうけれども、外部先生はどうして亡くなったか知っているか?」

「運転されていた車が、トラックと正面衝突したんでしょう?」

「バカ!違う!」

「・・・はい?」

「正面衝突をした、そのものの原因のことだよ!」

「はい?」

「外部先生は、これを残しているんだ」

 別田は右手に、一通の封筒を掲げた。

「手紙ですか?遺言?」

「これを読めば、あなたは相当苦しむと思うがね。読むべきだと思う。嘘を吐いた罰が当たったんだと思え」

「罰?」

 命令かよ。

 私は渡されるがまま、開けた。それは頑丈に糊付けされた封を、手破りで強引に開けた跡が残っていた。

 外部の日本語流の筆記体、のような文字で書いてあった。インクがところどころ滲んでいる。

 

 H学院大学三年・四年生 外部ゼミ生の各位

 私は現在のゼミ生が分裂している状況を大変に苦しく思っている。上野さんの始めた嘘の連なりに、どうしようもない精神の不安定を感じる。世の中にはこの様な学生が居て、しかもその方が自分の教え子だと思うと、堪らなく張り裂けそうな気持になる。一刻も早く彼女には立ち直って欲しい。このままだと彼女は自死へと進むのではないか、そう言った予感がしてならない。気が気ではない。皆、特に四年生が卒業する前に、どうか宜しく頼みたい。

 十二月三十一日 哲学科教授 外部紳

 

「これは、遺言と言うか、日記?」

 私の一言に、あろうことか下北がキレた。

「本当にバカじゃねえ!外部先生はあんたのことが気に掛かって事故を起こされたんじゃねえ!」

 私は合宿の時と同じく、言葉を発するのを止めた。止めざるを得なかった。

 

 本当に。

 バカじゃねえ。

 わたし。

 

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