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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

『並行』(18)―本当にバカなのは誰だ?

創作-並行 創作

 こいつらの頭を今、思いっきり足でかっ飛ばしたらどんなに気持ちがいいだろう。そう思いながらも、手洗いに行こうと立ち上がった。

 その夜、ふとした拍子に眠りから目が醒めたのだ。何かが私を呼んでいる気がした。隣には左から右へと他山と中村の順で、ふたりは畳に敷いた煎餅布団にくるまっている。

 入口の襖を隔てて廊下から声が聞こえる。

「お前いい加減にはっきりしろよどうするんだ上野のこと」

 別田だった。

 え?上野?呼び捨て?思いながらも耳をそばだてる。

「だから、その、僕は考えを持っているんだよ」

 今度は下北が答える。

「上野が妊娠してたなんて大っぴらな嘘だよ。お前そんなのも分からなかったのかよ」

「僕は、それについては本当だと思ったんだよ」

「上野が悪阻を起こしている姿があの呑み会の後にタイミングよくあったか?哲学文庫でお前が上野と寝たのはいつだ?」

「秋、の中頃だけど」

「やはり上野が具合悪そうにしていたのは妊娠とは違う理由だよ。吐き気を起こす時期と、その時期がずれているからな」

「じゃあ、何の理由があるんだよ?」

「それは知らない。でも、あいつはとんでもない嘘吐きなのは確実だ」

「と言うと、上野さんは僕らを騙そうとしていた―している、と?」

「そうだ。そうとしか思えない。魂胆の根源はあいつにしか分からないが」

「上野さんはそんな人じゃないよ。夏季休暇の後の呑み会、あの時僕を介抱してくれたんだよ」

「何かの策略があったんじゃないか?それも」

「僕には分からない」

「下北、あの時俺と中村さんは、お前と上野をくっつけようと計画して店を出たんだぞ?」

 えっ?

 私は頭の中のことばを瞬間に失くした。

 中村は下北のことが好きだと言っていたのに。どういうこと?

「中村さんは俺のものにする。決めたんだ。あのひとの自己犠牲精神を見ろよ。下北、お前の為だからこそ中村さんは身を引いたんだぞ?幾ら嫌っている上野が相手でも」

「僕と、上野さんの為に、中村さんが身を引いたってことだよね?それは」

「そうだ。なのにお前と来たらものの見事に上野に騙されやがって!」

「それは、」

「もう俺は知らない。中村さんとだけ付き合う。あと他山さんも俺の後輩として、それだけだ」

「待てよ。それは勝手すぎる。僕は上野さんのことが好きだ。ルックスも、性格も好きだ。でも、誰かにくっつけて欲しいなんて一言も頼んだ憶えはない」

「お前が余りにも煮え切らないから、中村さんが俺のところに来て泣いていたんだ!見ていられなかったぞ!四年のゼミが始まってから、ずっとな!」

「あの、強気な、中村さんが?」

 私は中村が別田に泣きつくところを想像して、場に似合わず吹き出しそうになった。やはり何かに一所懸命になっている人間を見ると、嘲りたくなる。

 そして考えると、下北の言い分も、別田の言い分も一理ある。

 下北本人が頼んでもいないことを勝手に実行されるのは、当然下北にとって迷惑以外の何物にもならない。しかもそれに私も関与させられているのだ。何と言うはた迷惑だろうか。

 また、別田も中村を手に入れたいからこそ、下北と私を結ぼうとしたのではないか?そうしたら中村の好意を寄せる相手には恋人が出来るわけで、中村を手に入れたい別田からすると有利に傾く局面となる。

 それとは別に、私の嘘は別田にばれていたのだ。再考してみると詰めが甘すぎた。寝た期間と悪阻の期間、それが完璧に嚙み合っていなかったらしい。そこは産婦人科関連の情報を得て考えるべきだった。

 

 もう遅い。

 

 別田が私の嘘を知っているのであれば、当然その話は中村に行っていると思われる。そして今、この情報を下北が知ってしまった。残るゼミのメンバーは他山と外部となるけれども、両者とも部外者的存在と言って良い。他山は自分の世界、テニス部長業と留年阻止でいっぱい、外部は結局ゼミの担当と言う義理しかなく、流れ来る学生を受け止めては卒業させる役割を結局は担っているだけなのだ。

 

 下北と別田の話は続く。

「寝たからには、犯したってことだよな?上野を」

「・・・ああ」

「お前それについて責任取れるのか?上野が本当に妊娠していたら、公務員試験が何とか、とか言っていられる状況じゃなくなったんだぞ!」

「だから僕は、上野さんが気持ち悪そうになっていた時、取り乱したんだよ」

「おいおいおい、お前も自己中心に程があるぞ?正気か?」

「正気だからこそ、自分のことを第一に考えるんだよ」

「上野もバカだな。俺達に嘘ついて結局は下北にすら騙されるんだからな」

 また私はバカと言われた。しかも今度は別田に。しかしながら、私は屈辱よりも、話の方向の意外性に驚いていた。

「下北にすら、って僕を貶している表現だろ?僕は僕の考えをもって行動しているだけだ」

「そのことが女を抱くことか?酔った勢いで?哲学文庫で?」

「僕の考えがあるんだ」

「何だ?それは」

「上野さんは、僕のものにならないってことははじめから知っている。あのひとは、誰も信じない女性なんだ」

 私は思わず耳と手を当てていた襖の紙部分を、力を籠める余りに指で穴を開けてしまった。

 貫通する私の人差し指と紙の破ける音。

 息を呑む気配がその穴からこちら側へと通じて来る。

 

 分かっていたのだ。はじめから。下北は私のことを。

 それを承知で、私は抱かれていたのだ。

 騙されていたのは、私の方だった。

 

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