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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

『並行』(16)―本当にバカなのは誰だ?

創作-並行 創作

  バスは予定通りN山に到着して、予定通り合宿が開始された。

 会場は泊まる雪宿の『扇の間』と名付けられた、襖で仕切られた二続きの和室。外部の授業、というか出張自習授業中はその襖を開け放しにし、畳へ直に座って長机に向かう。寝るときは二続きの部屋を真ん中で分けて、男子と女子のそれぞれの部屋として使うという計算だ。

 宿は古い日本家屋で、屋根に敷き詰められた瓦には重く白い雪が積もっている。その雪の重みでその内、いやこの数日間でこの建物は潰れてしまうのでは?そう言った疑念すら抱いてしまう位の脆さに見えた。扇の間も例外ではなく、外見と同じく柱には亀裂が入り、隙間風が時々私の身体を震わせる。しかしここの主人は「これがうちの売り、歴史ってもんです!はっはっは」と豪快に笑い、暖房を最強に効かせるようにしか助言しない。

 外部もこの古さには面食らったらしく、当初は宿を一目見て沈黙していた。多分、外部はインターネットで予約したのではないだろうか?ネットはその宿の『とっておき』しか写真で出さないから。私はそう推測したが、やはり言わなかった。

 気を取り直した様子で、外部が声を上げた。

「さあ、四年生の皆さんは思い出の企画になるかも知れません!三年生の上野さんと他山さんは、その姿をしっかり見て学ぶのです。論文に向かいましょう」

「先生、折角ですからスキー、行きませんか?」

 他山がまたもや空気の読めない発言をする。

「他山さん、私は何の為にこの合宿を企画したと思っていらっしゃいますか?旅行、ではなくて合宿、ですよ」

「でも先生、思い出を作るなら、楽しみましょうよ」

「卒業はしたいでしょう?四年生の皆さん。それが思い出となる筈です」

 へえ?自分の正当化に卒業を盾にしますか。私は思った。

「俺はスキーよりも、勉強がしたい」

 別田が言った。

「私も、どちらかと言うと、別田君と同じ。あのままの論文じゃ終わられない」

 中村も続いた。

「僕も哲学を最後にしっかりやりたいです」

 下北も答えた。

「四年生の皆さんの意見は合致しましたね。上野さんはいかがですか?」

 私は返した。

「私はどうでもいいです」

 皆の口は閉ざされた。

「何故かと言いますと、もう私は論文を仕上げたからです。冬期休暇前に、入院期間を活用して」

 そう言って私は、目を並んでいる下北と中村に鋭く向けた。

「人のせいにはしたくありませんが、皆さんが余計なことを言うから私は産婦人科で子供を下ろしました。もしそれが無ければ、私、下北さんと結婚しようと思っていたんです」

 扇の間は固まる。

「病院の医師からは、大きなストレスが原因で、私は流産の可能性があると言われました。理由は言わずもがな、ですよね?」

「・・・大きな、ストレス?」

 誰かが小さく発した。

「ええ。そうです。精神的負担ですよ」

 ここまで言えば、もう皆は分かったようだった。まあ、これも全部、私の作り話で大嘘ぶっこいているに過ぎないのだけれども。

 もう私は、嘘を吐くことが日常に組み込まれている。本音を建前の後ろに隠して生きている。こうなったら徹底的にしらばっくれて、いいように現実を利用してやる、そうも思っている。

 私は高校までの頃、このことが出来なかった。いつも他人と本音で話し、本音でぶつかり、本音で行動していた。そしてその度繰り返し繰り返し失敗し、それはいじめに発展して、不登校になり、最終的に出席日数が足りなくなり留年、中退したのだ。

 この理由を私は誰にも言っていない。

 言っても無駄だと悟ったのだ。

 本当のことを打ち明けて心が痛む位なら、黙っている方が余程マシ。

 

 外部が溜息を吐いた。

「上野さん。あなたは本当に妊娠していたのですね?」

 私は表情一つ変えず言い放った。

「はい。そうです。中絶しましたけれども」

 仮にも一流私立大学、H学院大学のお坊ちゃんお嬢さん方は、中絶、その単語が衝撃的だったらしい。固唾を呑む音が聞こえて来そうだった。

「それは、確かに、下北君の子供だったのですか?」

「はい」

 下北が泣きそうな顔をした。私と下北が関係を持っていることが明らかになってしまったからか、それとも自分とさつきさんの子供をゼミ生の責任で失ってしまったからか、更には自分と愛しの上野さんが結婚する機会を逸してしまったからか。これで叫んで部屋を飛び出さないでいられるのは、それはそれで凄いと思う。

 私は一向に平気だけれども。

 だって全部嘘だし?

「さ、さ、さつき、いや、上野、さん」

 しゃくりあげながら下北が言う。

「何ですか?下北さん」

「僕は、その、好きだからこそ、哲学ぶん、こで」

「きちんと言ってください」

 冷たく言い放つ私の声に被さり、中村が畳から立ち上がって大声で言った。

「哲学文庫で上野さんと寝たんでしょう!」

 辺りが静まり返った。中村の大声は響き、窓から遠く見えるスキーのゲレンデから返って来てもおかしくなかった。

「・・・本当ですか?寝たのですか?あそこで?上野さんと?」

 外部がまさか、信じられない、と言う顔で下北を見る。

「・・・はい。僕は、上野さんと、寝ました。彼女が、好きだからです」

「上野さん。確認します。下北君の仰っていることは本当ですか?」

「はい。でも、本当に私のことが好きなんですか?下北さん」

「そうです!じゃないとあんなことしませんよ!上野さんバカじゃないんですか!」

 性格を変えて、大学に入って、初めてバカ、私は言われた。

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