読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

『並行』(15)―本当にバカなのは誰だ?

創作-並行 創作

 テキトーに勉強して、テキトーに生活して、テキトーに過ごしていたら、冬期休暇がもうすぐそこだった。休暇が終われば後期試験が行われ、四年生は卒業論文を提出し、教授会と学生課に認可されれば卒業の資格を得られる。

 あーさっさとゼミの四年生共いなくなれ、私はそう思いながら、いつものように哲学文庫で論文の続きを書いていた。別に彼等がいなくなったところで何か変わるわけではないけれども、環境か自分に変化がないと何も変わらないと思う。それで、自分は変えるつもりがさらさら無いから、環境が変わって欲しいのだ。

 しかし、目障りな四年生共がいなくなると、今度は下級生がゼミに上がってくる。それが大変にまた目障りだ。どうやら私は人間不信と言うか、人間不好なのかも知れない。

 哲学文庫の光景を見渡す。埃の乾いた臭いがする。

 下北に犯された記憶。中村がその後叩きつけた本。私の見つけた合理的人間殺しの方法。その後にゼミ生と外部に受けた大いなる誤解。

 思い返してみれば、ここには思い出―と言って良いのだろうか?―が詰まっている。三百六十五日二十四時間、窓も扉もほぼ締め切り放しのこの文庫、詰まったものは出口がない。密閉されて充満し、その中を循環して、また元の位置に戻る。何だか私達はそう言う事を繰り返しているだけの生き物の気がしてならない。

 私はあの本、死に至るあの本を開いた。そこから資料が零れ落ちた。外部ゼミの冬季合宿についてのもの。

 結局ゼミ生は問答無用で全員、参加決定必至となった。外部が外部らしくもなく、半ば強引に決めつけたのだ。私はその裏に何かの作為を読んでいる。でも、相変わらず余計なことを言わないのが信条。何故ならその決定に、ゼミ生の他の皆は、「マジかよ」「折角の休みが潰れる」「彼氏ぃ」と嘆いていたからだ。能天気もいいところ。私が遊んで出したレポートよりも下を地で行ってしまう奴等のくせに。

 『あの本』のマーカーで引いた文章を見る。私はゼミ合宿にて、言うべき決め台詞を用意している。多分この爆弾を投下したら、あいつらは逃げまどい粉々に砕け散り燦々たる姿に変貌することだろう。それはあくまでも精神的に、の話だけれども。

「目にもの見ろ」

 私は背筋を椅子にもたれて思い切り伸ばしながら、ひとりごちた。クリスマスなんて私には関係一切なし。恋人たちが愛を囁く?サンタクロースが子供たちに夢を届ける?親が子供へ愛を示す?そんなのどうでもいい。とにかく独り!独りになることが出来れば私はそれでいい。サンタさん、どうか私に独りをください。それが私の切なる願いだ。

 

 ゼミ合宿初日。

 私の予想通り、時間に厳しい運動部ながらも時間にルーズな他山を皆が苛つきながら待ち、高速バスに文字通り駆け込まざるを得ない結果となった。

「冬なのに汗だくだよ」

「ごめんなさい皆さん、昨日夜中まで準備しちゃって、それで」

「言い訳は聞きたくないですよ」

「そうそう」

「社会に出た時に痛い目に遭うぞ」

 それらの会話を頭の中でスルーしながら、私は窓の左側から右側へ流れる景色を目で追っていた。左側の白色で塗り潰される面積が、徐々に増えていく。雪山に近付いているのだ。

 今回の行先、N山はスキー場が小規模ながらも有名なところで、我がH県各地からそれなりの数の旅行客が訪れるという。それにも拘らず外部がスキーを合宿の予定に組み込まなかったのは、きっと就職活動や卒業論文を控える四年生の手を汚す、ではなくて手を怪我させるのを躊躇ったからではないだろうか?万が一のことが起こったら、私は責任を負うこともは出来ませんからね、と言う外部の狡さを感知した気がした。まあ尤もな主張ではあるけれども。

 高速バスは正確に言うと、チャーター便のバス版と言ったら良いだろうか。専門の運転手が居て、専用の小型バスがあり、それらが時間通りに動くものだった。外部が手配した運転手は無口で淡々と運転だけをこなし、バスも無音で延々と走行だけをこなしていた。

 狭いバス内で声が張り切る。

「じゃあ、お菓子でも食べますかぁ!」

 他山よ調子に乗るな。さっきのお前の失態を自分で蒸し返すがいい。

「他山さん。子供じゃあるまいし」

 珍しく中村が適切なことを言う。

「まあまあ。せめてバスの中では楽しく盛り上がりましょうよ」

 外部がいつものフォロー役。しかし、私には「せめて」という一言が引っ掛かる。でもそれもスルーする。

 トランプを取り出してババ抜きを始めるゼミ生四人。つまり、私と外部は敬遠されている。敬遠される理由は、両者それぞれ違うだろうけれども。しかし、それを特に歯痒いとも、悔しいとも、悲しいとも思わず、私はただ流れて行くものを見つめるだけだった。

「さつきさん?」

 唐突に名前を呼ばれて驚く。そう言えば最近、まともに下の名前を呼ばれたこと、あっただろうか。

 窓から顔を振り向けると、下北が手ぶらで私を見つめていた。隣のシートに座っている。

「はい?下北さん」

「独りきり、辛くない?」

「え?」

「大丈夫?」

 大丈夫に決まっている。そんな当たり前のことを訊ねられて、逆に面食らった。

「どうしてですか?」

「どうして、って、目が辛そうだから」

「辛そう?」

「うん」

「そうですか?」

「違うかな。僕にはそう見えます」

 私は初めて、下北の目を直視した。それは赤い血管が走った白い眼球に、黒い瞳孔が乗せられていた。黒い部分に、私は何も感じることが出来なかった。

「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です。トランプの続きをしたらいかがです?」

 皮肉を込めて私は言った。

「僕、もうババ抜き、上がったんです。こう言う事ばっかり運が強いんです。肝心なことは弱いのに」

「肝心なこと?」

「公務員試験」

「ああ。そう言えば公務員って色々ありますけれども、下北さんは国家と地方、どちらを選んでいるんですか?」

「国家総合職の、大卒程度。来年の四月三十日が一次試験なんです」

「まだ先じゃないですか」

「失敗しました。目標を上に掲げすぎた。堅実な方向に傾き過ぎました」

「どういうことですか?」

「大学は、卒業するにしても、無職状態での卒業になるんですよ。このままいくと」

「ああ・・・バイトでもしたらどうです?私は経験ありませんが」

バイトする時間を、勉強に充てたいので無理です」

 じゃあどうしろって言うんだ!その思いの裏腹で私は曖昧に微笑みを浮かべると、また窓の外を向いた。

 

広告を非表示にする