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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

『並行』(13)―本当にバカなのは誰だ?

創作-並行

 中間発表会の直後から数日間、私は大学の講義を休んだ。その間、ひたすら寝て食べていた気がする。記憶があまりない。理由?なんだか訳分からんが、何もかもバカらしくなってきたから。

 しかしゼミの皆は、ここでも勝手に別の解釈をしてきた。

 私が中絶手術を受けた、そう言う噂が私の復帰した途端、耳に流れ込んできたのだ。

 

 今度こそ本当に何もかもどころか、この世のあらゆる人間と事象を放棄したくなった。勝手に誤解していれば?簡単にそう片付けることは出来るかもしれないし、実際にそれは簡単かもしれないけれども、実際のところ本人の心内には重く濁った澱が降るものだと分かった。

 噂はあくまで噂だし、最早ゼミ生で私に自分から話しかける者は皆無だった。その為皆はこのことについて確認する手立てがなかったし、私自身この噂を使おうと言う気が生まれてきた。真実を語る選択肢は、一切合切捨てることにしたのだ。

 

 噂と言えば、ゼミ生の皆―私は彼等以外、学内で交流を持っていない―についての様々なそれが、耳に入って来るようになった。

 

 下北。公務員試験に向けての予備校通いと、私の妊娠中絶曖昧憶測でかなり精神が参っている。

 中村。志望しているというアパレル業界へ、販売員としての道は外見と体型面で閉ざされていること確実。だからテキスタイルデザイナーとしての学校に通おうか検討中。

 別田。H大学大学院進学に向けて、論文執筆と入試勉強をしようとしてはいるが、何をしても勉学に身が入らない様子。

 他山。テニス部の部長に選出された、ものの、その陰で成績が急落し、本気で進級を危ぶまれ不安定になりつつある。

 外部。窓の外を見て意識を飛ばしている時間が増えたと聞いた。

 

 皆それぞれの病にそれぞれの恐怖や不安、苛立ちをもって向かわされている手応えを私は受けた。よし私はうまくやっている、そうも思った。一種の達成感と言って良いかも知れない。

 私は自分が中絶したと勝手に設定して、正しくは設定され、それを最大限使うにはどうしたら良いかを考えることにした。

 まず、噂をやんわりと肯定することが必要ではないだろうか?少なくとも、否定はしてならない。そして、その肯定された内容を如何にして発展させるか。更に、その発展をどう死に至る病に繋げるか。結果として、病を私の論文に活かせられれば完了。

 筋書きは出来た。しかも瞬時に出来た。あとは具体的に内容を詰め切って、実行するのみ。

 ひとりきりの大学生活にも、楽しみはあるもの。

 次いでそれはきっと、意味のあるものになる筈だ。

 

 中間発表会の次の次のゼミで、外部へ提出したレポートを返されることとなった。それは採点済で、ご丁寧にも彼のコメントが赤でメモ付箋に書かれ、添えられているらしい。そう外部が自分から発言した。

「では、レポートを返却します。その前に私から一言、採点の結果についてお話ししましょうか」

 五百四号室の空気が張り詰める。空気に外部の声の振動が乗る。

「今回、私は個人的に大変嫌悪を抱かざるを得なかったレポートを読みました。それは最低点を付けてあります。三十四点です」

 室内がざわついた。あの公明正大な外部が、個人的な理由で三十四点を学生に食らわす。そして皆の視線が私一点に集中した。私自身も何となく予想が出来た。私がこの点数を食らったのだと。

「では、返却を始めます。あいうえお順で呼びます。上野さん」

 いきなり心の準備なしで最重要候補者の私を呼びますか。という文句は言わず、嫌な予感と確信半々で、外部の元へ向かって紙束を頂戴した。

 点数、九十二点。

「え?」

 思わず、目を疑った。

「あの、先生、私、この様な点を頂いて、宜しいのでしょうか?」

 場違いながらも、時代劇の台詞のような言葉遣いになった自分を、私は次の瞬間、恥じた。

 外部は私に目もくれず、「次、下北君」と発した。

「はい」

 採点結果を貰う下北。目が見開かれた。

「やった!」

 中村が体を席から乗り出して訊ねる。

「高得点ね?下北君」

「うん。八十三点!」

「ええっ!?」

 私と中村が同時に発声した。

「凄いじゃない!下北君!外部先生でその点数って!」

 飛び跳ねんばかりに喜ぶ中村の声とは逆の感想を、私は抱いていた。下北はそれで高得点なのか、そして外部の採点基準が全く持って分からない。そういう驚きで。

「では、他山さん」

「は、はい」

 及び腰で他山が採点結果を貰いに向かう。

「・・・良かった」

 その一言で、恐らくそれほど悪い点数ではなかったのだろうと分かる。

「では、中村さん」

「はい」

 凛としているのか見せているのか好きな下北の前だからかは分からないけれども、背筋を伸ばして外部の元へ向かう中村。

 暫くの沈黙。

「・・・私、ですか?」

 中村が渡された瞬間から、茫然と立ち尽くした。

 手から零れ落ちたレポートには、大きく「三十四」という数字が赤で書かれていたのだ。

 

 別田は流石と言って良いのかどうかは分からないけれども、八十八点を獲得していた。つまり私が単独首位、と言う事になる。中村は意気消沈を通り越して、意気消火までの勢いで生を失いかけていた。

 そりゃそうだろう。自信屋さんで自慢好きなのに正義感の強い中村さん。そんなあなたがこんな点数を取ったら、それはそれは傷付くことでしょう。

 私は横目で中村を見た。それは私を見返してきた。目には憤怒が燃えていた。だから?私は鼻で笑って自分のレポートのコメントを読んだ。それにはこう書いてあった。

 

上野さん

あなたの着眼点と発想はとても斬新です。

思想自体は不健康かも知れませんし、反社会的でもあるでしょう。

けれども、それらを含めて『新しい』と言えることも事実です。

私はあなたの性質自体には何も言及出来ませんが、哲学的素質は期待しています。

哲学科教授 外部 紳

 

 外部からの刺を、私は読み取った。あんたそのものはどうでもいいけど、哲学に関してはまあまあいいんじゃないの?それだけが救いよ。そう言われたような。

 もしかしたらこの単独最高点は、外部の皮肉ではないだろうか?私はそう反応した。

 中村は憤怒を抑え切れなかったらしい。私がコメントを読み終わったその時に、座っていた椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、泣きながら教室を出て行った。採点されたレポートは置きっぱなしだった。皆が嫌でもそれを目にする。

 

中村さん

個人的な体型の悩みを哲学と結びつけるまでは良かったです。

けれどもそれをダイエット方法、という形で昇華させようとするのはありふれて世俗された感が否めません。

哲学科の学生らしく、専門書を読み積む等の努力をされたら如何でしょうか。

折角四年間も専攻されて来たのに、勿体ありません。

哲学科教授 外部 紳

 

 ダイエット・・・それに私は呆れて言葉が出なかった。

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