読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

『並行』(12)―本当にバカなのは誰だ?(読者の皆様へご連絡:連載再開です!)

創作-並行

 秋も深まり、私とゼミ生との溝も深まった頃、提出論文の中間発表会が開かれた。これは論文を要約したレポートを簡単に書いて、それを教授となった気分で分かり易く皆の前で論ずる、という会だった。そのレポートは、外部が採点するという。

 私の選出した著書は『死に至る病』だ。それに対抗して、論文の題名も既に決めていた。私はこういうことに関しては、やたらめったら機転が利く。

 学術研究所五百四号室は、私が黒板の壇上に歩むと、白けた目線が飛び交った。でもこれは私にとって当然の反応だし、私自身誰かに好かれようとか、愛されようとか、そう言う事をあまり気にして生きていないので、何も思わない。寧ろ嫌うなら徹底的に嫌って貰いたい。極端に結果を出してほしいのだ。

「では、私上野が発表します」

 本来教授で中立的な立場に立つべきはずの外部ですら、私を醒めた目で見ている。

「私の論文の題名は、『人間を殺す方法』です」

 一時、教室は静まり返った。

「選出した著書はキルケゴールの『死に至る病』ですが、これは病と言うものが何かを殺すと言いたいのではないのでしょうか」

 皆の目線が私から外れて泳ぎ始める。

「だから私は、人間は何の病が殺すのか、そう言う事に興味を持ったのです」

 外部も目を剥き緊張した様子を隠さない。

「これは誰かを殺す上で有効かも知れませんし、逆に生かす上でも有効かも知れません。哲学とは、私にとって、こういう机上の空論を現実のものと結びつけることだと思っています」

 私は皆へ背を向け、チョークを持つと、黒板に一言こう書いた。

 

『並行』

 

「人間の人、の文字は二画がそれぞれ支え合っているから、人間も支え合って生きている、とよく言うでしょう?私はそれに異を唱えたいです。はっきり言います。人はみんな独りです」

「だから、皆それぞれのコースを並んで走行している状態だと思っています。何かの利益の目的以外に交わるなんてこと、絶対にないとも思います」

「では、何の病が他のコースを走る人間を侵し、殺すのでしょうか?私はそこまで考えを進めました。これからのゼミや残りの三年生の講義では、病について具体的に考えていきます」

 

 並行・・・声にならない声が、空中を泳ぎ回った。特に下北の放心状態は目も当てられない。脱力しているのか力を込めているのかどちらとでも取られる姿勢で、ただ私を見つめている。光の無い目で。

 小さな咳の音がした。外部だった。

「では、上野さんの発表は、今回ここまででよろしいでしょうか?」

「はい、先生」

「何か彼女に、質問はありませんか?皆さん」

 彼女、そう外部に呼称されたのは初めてだったと思う。距離を取られた、私は察知した。まあいいけれどもね。

 意外にも、他山が手を挙げた。

「あの、上野さん」

 今はゼミの時間と言う事もあるのだろうけれども、衒いも無く、私の苗字プラス、さん、そう呼んでくる他山も確実に私の醜聞を軽蔑しているだろう。それもまあいいけれどもね。

「何でしょうか?他山さん」

 私も空々しく苗字プラス、さん、で返した。

「あなたは、誰か殺したいのでしょうか?それとも、救いたいのでしょうか?」

 バカじゃねーの?私は反射的にそう思った。けれども、意外な思いがその次に出てきた。私は、救いたいのかと疑問を抱かれている一面を持っているの?と。

「どうして、あなたはそういう疑問を持たれたのでしょうか?」

 もはや他山さん、ではなく、あなた状態。

「どうしてって、今までの上野さんと今の上野さんが、あまりにも違うからです」

「それは言えている」

 別田が鋭い声色で一言呟いた。

「これは普段、俺がとやかく言っている哲学とは違うかもしれないが、これまで上野さんは完全にいい子を演じていたと思うんだよね。そういう人が他人を殺すとか、生かすとかと言うのは、傲慢な一面もあると思うし、逆説的にどういう考えをするのか見たい気持ちもある」

 別田のことが特段好きでもない、と言っていた筈の中村も追従する。

「上野さんがいい子やってた、って言うのはもはや否定しようがないよね。この前みたいなことがあったんだから。だからというのも何ですが、私も彼女の論文には興味があります」

 外部が下北に向かって言う。

「下北君、何か発言したいことはありませんか?ここで」

「・・・」

 下北は無言だ。見開かれた眼は渇いていることだろう。

「では、私の意見を話しますね」

 淡々と進める外部。まるで大講義室に詰まった学生に対し「あーあ、今日もこんなボンクラ相手にしてられっか!」と自棄になってテキトーにプリント配って話して終わり、そんな授業の進め方だ。外部らしくねえな、私は率直に彼の悪意を思った。

「上野さんが演じていらっしゃったかどうかは、私としては何ともコメントのしようがありません。それは学生の私生活は学生自身が決めることだと思っているからです。ですから、この場でそのことについて私の意見を発しても意味はないと考えます」

 あーあ、こりゃ見限られた。私は直感した。

「私がお話ししたいのは、上野さんの観点の新しさと鋭さです。普通『死に至る病』は抽象的な概念ですからね。絶望が人間を殺す、と言う。それを現実的な世界でどうやって具体的に人間が殺されるか、その論の展開を楽しみにしています」

 そうっすか。私は目を閉じて、首だけ左側へ二回倒して、戻した。

「では、上野さんの次は、下北さん」

「はい」

 下北が正しく心ここにあらず、的な様子で、吹けば飛びそうな儚さで弱々しく壇上に向かう。それは処刑場に送られる罪人の様にも、畜殺場に送られる動物の様にも見えた。まあ、どちらも今から私殺されます、そういう状況下にあると言う事は同じだけれども。

 『惨め』を体現する下北の姿に、私は『死に至る病』計画が進行していることを実感して、笑いそうになった。

広告を非表示にする