読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

劣等?上等!ノンクリスチャン神学生時代回想録

無給-自己 無給

ヤケクソ。

思い返すと、高校時代(中退しましたけれどもね!)の小論文、中学時代(不登校でしたけれどもね!)の文集、小学時代(いじめられっ子でしたけれどもね!)の作文は全て、テキトーにしか書いていません。

 

こちらも、もはやヤケクソ。

何がって、小説『並行』がです。

元々、書き殴りで分厚く意味深な話と文章をしたためるのが、私の目標です。

と言うか、私は書き殴らないとマトモな文章が書けません。

考え込んで書くと、自爆確率十割。

 

当時の私の文章を書く感想と言うものは、「楽しい」でしかありませんでした。

それは今も再来しています。

しかし、大学時代(就職できませんでしたけれどもね!)の提出レポートは、自爆しまくっていた記憶があります。

 

こんなことを書いていました。

S学院大学時代。

キリスト教関連の学校で、キリスト教関連の学部に在籍していた私のある論文のテーマ。

 

『性行為と宗教』

 

自爆したわ!

考え抜いて考え込んで、結果自爆!

 

でも、何故か、それは、最高評価を貰ってしまったのです。

何が良かったのか、今になると恥ずかしさが最高潮に達してフラッシュバック(普段私が悩まされている、アスペルガー精神的苦悩のフラッシュバックではありません。悪しからず)に襲われ、「あああああああああああああああ」と精神と肉体がそこら中を駆け巡りたくなる気持ちにさせられます。

 

でも、そう言う論文を認めて下さった教授方、ありがとうございます。

 

私の推測ですが。

 

頭変だよ!

面白い!

おかしい!

斬新!

とんでもない!

やめろ!

 

そんな感想を抱かれたのではないか、私は今になって回想します。

もしかしたら逆説的に受けたのかも知れません。

 

 

ちょっと真面目に。

私の大学の教授の中で、逆説的にキリストを捉えて考えてらっしゃる方が居ました。

確か、今も教鞭を振るっていらっしゃると思います。

その鞭が無知な私にとっては、面白かったのです。

 

そもそもノンクリスチャンの私が神学部に入るのですからね。

神に対しての挑戦と言うか、冒涜に近いものがあったかな、と思います。

そして前述のような論文を書いてしまう始末。

どう書いたかも、回想します。

 

神は行為を否定するか?

いや、其れは無い

何故なら人間は行為が無いと生殖できないから

そもそも神は人間が作り出している

だったら人間が居ないと神は成り立たない

だから行為は神にとって否定はできない存在

 

いやあ私も自爆の炎の中を潜り抜けたものです!

 

だから卒業後、就職が出来なかったのでしょうね。

エントリーシートすら、一社も通らなかったですから。

 

私の受給している、障害年金の医師が書いた申立書(コピー済み)には、こう書いてありました。

 

「高校を中退し大検取得後、大学を卒業するものの、症状により職に就けず」

 

そうですか!

私の論文は、病理に溢れていたと言う事でしょうか?

でも、神や哲学は一種の病理、と言うか、人間の思想自体が固執した思想から成り立っていると思うのですよ。

だから私の論文、自爆を引き起こしつつ、実は意外と真実を言い当てていた部分、あったのかなとも。

 

お断りします。

この文章も例に漏れず、書き殴り。

楽しんで真実の思いをストレートに書くには、私にとって必要不可欠な方法なのです。

まあ、それが良いか悪いかは、個人の判断にゆだねられるところでしょうけれども。

 

広告を非表示にする