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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

『並行』(11)―本当にバカなのは誰だ?

創作-並行

 外部は私の手を思い切り引っ張ると、五百四号室の隣のトイレに入った。そこは男子専用で、仮にも私は女性だと言うのに、連れ込まれた。

「先生、なんでしょう、か?」

「上野さん。あなたが下北君と交際していることは耳に入っていますよ」

「ああ」

 ちがいまーす。そう私は言いたくなった。またもや真剣な人間を見るとバカにしたい癖が表出しそうだ。私はイエスともノーとも捉えられる反応でごまかし通そうと思った。この癖が私の血が上った頭を、一気に醒ましていく。

「さっきのあなたの様子も見ていましたし、中村さんとの話の内容も聞いていました。あなた、妊娠しているでしょう!」

「・・・はあ!?」

 ちがいまーす。とは、あまりの誤解と言うか急転直下の外部の疑惑に、今度は開いた口が塞がらなくなり、言うのも忘れて呆けてしまった。

「吐気と言い、中村さんへの態度と言い、何ですか!あなたは」

「いえ、ちがいま、」

「何を否定するんですか!」

「いや、本当に違いま、」

「言い訳は聞きたくありません。私は仮にもキリスト者ですからね。中絶なんてありえない話ですよ!」

「もう、だから、」

「産むんですよね?神の教えと哲学に逆らうことになりますよ、さもないと」

 私の話を一向に聞かず、延々続々と間違った推測を進めていく外部。実際に私の口は開いたまま、塞がらなかったことにすら気付かなかった。

「そもそも上野さん、あの発言は何ですか!?」

「あの、はつげん?」

「中村さんをあんな汚い言葉で罵るとは。今までのあなたからは想像できません!彼女は正しいことを言っていたと私は思いますよ!」

 あなたの推測自体は正しくないんですって。今度、私は開いた口から笑い声が止め処なく出そうになり、必死で堪えた。哲学とはどうやら妄想執着心旺盛な人間が向いているらしい。外部がクリスチャンの教授だと言う事は知っていたけれども、神を間違った方向で信じて固執すると、こう言ったとんでもない誤解が生まれてしまうのだ。そう実体験して、私は逆説的に神の偉大さを思い知った。

 でも、よく聞くがいい。私こそが神だ!と言うか、人間一個体を操るのはその人間の精神で、それこそがその個体にとっての神ではないだろうか?だから外部は外部と言う名の神が居るし、私には私と言う名の神が居ると思う。しかし私は、他の人間の精神も自在に操り、多角的な神になりたい気持ちがある。そのいい例が、下北を死に至る病にすることなのだ!

「あの、ここ、男子トイレですけれども?」

 私は頭と同じく醒めた声で、一言呟いた。

「どこだっていいんです!あなた、自分が恥ずかしくないんですか!」

「男子トイレに女性が入っていることの方が、余程恥ずかしいです」

 私のことばに、今度は外部の口が開いて塞がらなくなった。

「あなた、バカですか?」

「そうかも知れませんね。査収致します」

 最大限丁寧語を吐き捨てて、私は静かにトイレの押戸を開けて、出た。そこにはゼミ生全員が待ち構えていた。

「聞いていたんですか?」

 私はそれだけ言った。

「聞いていました!さつきさん!妊娠しているんですか!僕の子供!本当に!」

 下北が嬉しそうな驚いている様な、仰天極まりない表情で私に畳みかけた。

「じゃあ、本当だったんだ。下北君と上野さんの関係」

「さつき、ちょっとそれはないよ!淫乱だよ」

「下北君、上野さんなんてありえない」

 別田と他山と中村が、続けて私にコメントを押し寄せる。

 私は周りの超絶一方通行と超絶速度違反に、唖然とした。

 バカじゃん?

 

 数日後、経口避妊ピルの副作用は落ち着いて、私はゼミに普通に出られるようになった、のは体調面だけで、精神は寒くなる程覚醒したままだった。

 こいつら愚かしいにも程がある。その一言に尽きる。

 哲学文庫の窓の傍にて、発表用のレポートの下書きに向かっていた。

 ガラスの向こうには、枯れ葉が飛び交っているのが見えた。

 本気で下北を死に至る病、それどころかゼミ生全員と外部も同じ病に罹らせようと思った。それは恨みでも憎しみでも呆れでもあったし、並々ならぬ興味でもあった。

 私は結果的に性交の末、かっぱらいに成功した、『死に至る病に繋がる病』を開く。作者の大和由祈は、こう書いている。

 

死に至る病とは絶望である」そうキルケゴールは述べている。

だとすると、絶望は人間を死に陥れる、つまり殺すことになる。

人間は天災や病気、老衰、事故以外の死だと、自殺程度しか死ぬ方法が無い。

それらは須らく、一個人の『寿命』として結果的には捉えられる。

私達が間接的に他者を死に至らせるとするならば、自殺させることが一番手早く現実的な方法となるだろう。

そしてその死には、絶望が一番有効だと彼は言ったのではないだろうか?

 

 私はこの箇所を、上からピンクの蛍光マーカーでなぞり、何度も読んだ。丸暗記するのは容易いことだったけれども、それでも何度も見直さずにはいられなかった。ここには合理的でリアル過ぎる殺人の方法が書いてある。

 詰まる所、「誰か殺すなら絶望させろ」と言っている、のではないだろうか。

 では、率直な話、ガチでどうやって彼等の希望を奪えばいいのだろう?

 

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