読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

『並行』(9)―本当にバカなのは誰だ?

創作-並行

 こんな言葉で表現したら、大変に着飾った行動になってしまうけれども。

 哲学文庫での下北との『情事』と言って良いのだろう、それから解放されて、私は服を着て散らばった荷物をバッグに直し、髪も直し、なるべく何事も無かったような表情に見えると思う顔を作った。

 下北もカッターシャツを着て、スーツの上下を着た。秋だとは言え、窓が閉め切られて黴臭く、空気の淀むこの文庫にて、あんなことをしてしまったのだ。私も下北も身体が濡れていた。互いにシャツの胸部分が、汗で滲んでいる。

「さつきさん。僕の気持ち、わかってくれたでしょう?」

 一言、下北は残して去った。私は答える気になれなかった。

 

 下北によく思い出して欲しい。今までに何か一欠片でも、私は下北が「好きだ」「付き合いたい」と言う事を口にしただろうか?していない。それは、私が意図して言わなかったのだ。言ってしまったら、こちらも引責しなければならなくなってしまうから。そもそも、私は下北が好きでも何でもなく、ただ論文の材料に使いたいだけなのだ。そこに余計な恋愛感情を持ち込まれてぶち込まれて抱かれても困るだけ。

 よく思い出すと言えば、さっき下北は避妊しただろうか?勢いに任せられてと言うのと、あまりに唐突と言うのと、下北の意外過ぎる側面と言う三つの要素に驚いて、私は自分でも珍しく冷静さを欠いていた。だから避妊云々の出来事を憶えていない。

 今考えると、あいつは普段からそう言う類の道具を持ち歩くような男だろうか?私が見る限り、答えはノーだ。だとしたら、私は妊娠する危険性もあるのか!あんな男のせいで?今、大学生なのに!?

 こればかりは頭を強く殴打された気持ちになった。思わず自分の下腹部に手を当てた。下北の感触が残っている。気持ち良かったと言えばそれはそうだけれども、妊娠だけは勘弁して欲しい。自分みたいな子供が生まれたら私は手に負えない。中絶するにしても私の名に傷がついてしまう。大学だって四年で卒業できるかどうか危ぶまれる。ひいては教授や学生からどんな目で見られるか。

 でもそれは、下北も同じことだ。公務員志望の男子大学生が、大学の図書館で後輩を犯して妊娠させた。そんな筋書きが仮に生まれたとしたら、それは騒ぎになる。最悪、私達は大学から追放されるだろう。

 

 うわ!

 あんな男に犯された私!

 計算狂った!

 

 私の頭は猛スピードで回転し、産婦人科にて経口避妊薬を貰おうと言う結論に辿り着いた。確か、行為の後七十二時間内に呑めば、かなりの確率で妊娠が防げるとどこかで見た。でも、その代金は下北が本来払うべきではないのか?

 その分まで、私は論文で稼がなければならないらしい。

 

 私はひとり、立ち上がった。自分でも下北に撫でられた脚の感覚は弱々しく感じられた。

「上野さん」

 不意に強い声色がして、身が竦んだ。

「は、い?」

 中村梓沙が書庫の横から現れた。

「中村、さん」

「今の、聞いてた。って言うか途中から見てた。目、笑ってなかったね」

「わ、ら、う?」

「そう。あなた本当は、下北君のこと、なんか使おうとしてない?」

「どういうこと、ですか?」

「付き合ってて抱かれてても笑ってないって、それは裏があるに決まってるでしょ!」

 中村は脇にある本を引っ張り出して、床に叩きつけた。大きな振動と音が響く。

 私は反して、頭がクールダウンする。真剣に怒っている人間を見ると、バカにしたい気持ちが反射的に生まれてしまうのだ。これは生まれつきのもの。

「中村さん。うるさいですよ」

「うるさい!?」

図書館の本は、大事に扱いましょう。あと、私と下北さんの関係は、あなたにはどうでも良いことでしょう?」

「はあ!?」

「何かあなたに口を出される筋合いが私にはあるのでしょうか?」

「あるに決まってるじゃない!私は下北君がずっと好きなのに!」

「え、」

 だって中村さん、あなたは別田渡と飲み会の途中、消えたじゃないですか。

「あんなにひたむきで真面目な人なのに、あんたは気持ちを踏みにじってる様にしか見えないのよ!ふざけんな!バカにしてるでしょ!」

「・・・別田さんは、良いんですか」

 敢えて私は、問われたことと焦点のずれたことを訊ねた。

「別田君!?断ったわよ!」

「はい?断った?」

「好きだって言われたけど、下北君が私は好きですって断ったのよ!」

 完璧なる三角関係、いや、四角関係?が生まれてしまったらしい。いやあ厄介なことになりましたな、私はその感想を持った。

 下北の気持ちを踏みにじっている感覚は、私にはなかった。何故なら私は反抗せずに身体で欲求に応えている。嫌いだとも言っていない。だから、下北には私に対し、何か文句やケチをつけることは、実際には不可能な計算だ。

 但し、余計な余り数がくっついてきてしまったのも事実。中村と別田。これらをどうやって切り捨てるかも考えなければならない。無視するにも、中村に現場を見られてしまったからには、それも不可能だ。

 沈黙が辺りを包む。夕暮れが迫って来ている。私は早く産婦人科に行きたかった。一刻も早く不安材料を取り除くのが、先決だ。

「すみません中村さん、私急ぐので」

「言っとくけどね、下北君、ゴム付けて無かったから!」

「そうですか。ありがとうございます。分かりました」

 私の淡々とした対応に、前にのめっていた中村は勢い余って転んでしまった。それは精神的に、の話だけれども。肉体的には、私の胸ぐらを掴んで四階から投げ捨ててしまいそうな勢いだった。

「では、お先失礼します。ゼミは、明後日でしたね?ではその場で」

 転んで立ち直る前の中村の精神に、私は言い捨てて立ち去った。

 

広告を非表示にする