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YUKIPEDIA

小二で挫折、中二病を引きずり、高二で転落、現在第二の人生を歩む!

『並行』(3)―本当にバカなのは誰だ?

創作-並行

 結局、教授の言う事には私も従った。「げっ」が「うっ」に変わり、最終的に「はっ」に帰結したのだ。つまり、嫌悪が困惑に変わり、最終的に溜息へ帰結したのだ。

 他のゼミ生四人は、私の考えることを知る由もなく、和気あいあい。先程あれだけ険悪な雰囲気を発していた別田と中村は、傍目から見ると恋人同士かと思われるほどに接近して歩いている。もしかしたら勢いで手を繋いでしまうのでは、とまでに。

 薄っぺらい人間関係が嫌いだ。深い人間関係はもっと苦手だ。だから、私は親友を作るつもりはないし、恋愛をするつもりもない。しかしながら、こう言った私に何故か皆は寄ってたかっては色々と口説いてくる。

 自分で言うのは大変におこがましいけれども、上野さんは器量が良い、とよく指摘される。何だろう?高校中退から大学入学までに食欲が失せ、十五キロ体重が落ちてからよく言われるようになった。奥二重だった目は綺麗に二重になり、頬はシャープになり、顔は小さくなった。それだけだ。別に整形したとか特別な理由はない。

 特に異性から視線を感じることが多々ある。それへ大変に戸惑う。恋人を作る予定はあるのかないのか混乱してしまうからだ。私の中では恋愛をしないと決めているのに、そう言う余計なお膳立てが入ると、どうしていいものやら分からなくなる。

「ねえ、さつきぃ」

「どうしたの?恵ちゃん」

 他山がビール中生、の入ったジョッキを片手に私へしなだれかかって来た。

 安くて洒落ている、それがH学院生の呑み会場の合言葉。ここのバーもその例に漏れず、学内で目にした記憶のある人間の姿がちらほら。

「さつきぃ、私、なんか今日の別田さんの言ったことで不安になっちゃった。私ってテニスしか能がない体育会系じゃん?そんなのがあんな真面目ぇに、哲学考えている人と同じ空気吸ってていいのかなぁ」

「あのね、恵ちゃん。哲学って自由な分野だと思うし、中村さんの仰っていたことにも私は頷ける部分があったよ。だから、恵ちゃんは自分の考えたいことを考えて発表するのが、一番いいんじゃないかな?」

 これぞ模範解答!自分で自賛。手元のジントニックを一息あおる。

「でもさぁ、私、ほんとは哲学やりたくて入ったわけじゃないからなぁ。ネームバリューだけなんだよ?H学院って言う。さつきにだけ話すけど」

 聞いた瞬間、私の肌が粟立った。

 ほんとは。ネームバリュー。さつきにだけ。私の地雷を三つも踏みやがった!こっちがどんな思いをして高卒認定を取ったか、惨めな現実から脱しようと志望校を上に上に持って行ったか、入学してからの学績、それらを思い知れ。

 高卒認定。前身だったと言う『大学入学資格検定』、所謂大検よりははるかに易しくなってはいたものの、試験科目を私は一気に六つも受ける羽目になった。勿論数年かかってひとつずつスローペースで取っても良かったのだけれども、そんなことをしていたら人生が尚の事無駄になってしまう。

 あとで知った話だと、高校で取った単位が多少なりともあったから私はそれだけで助かったけれども、中学を出てそれから何も本当に学歴のない者は、十何科目も受けなければならないらしい。近道として、通信制単位制高校に通って単位を稼ぐ、と言う方法があるというのも、あとから聞いた。

 今でも鮮明に思い出すのは、高卒認定の試験会場の雰囲気の悪さだ。地元では有名な進学校に通っていた私は、うっわ私ここまで落ちぶれたか、そう言う種類のショックを受けた。

 高校を出ていないことが受験条件のこの資格に於いて、志願者は当然高校を出ていない者が集まってくる。だから十把一絡げに言うと、層が悪かった。

 煙草があちこちに捨てられ、明らかにあんた未成年でしょ?と言うものが昼間、それも試験直前にやけ酒、皆さんの頭髪は様々な色に染められている。中にはごく一握り、私引きこもりですけれども必死で出て来ています的オーラを出している者が居た。それには共感を感じないこともなかったけれども。

 でも、私みたいな色んな意味で切れている者は、居るように思えなかった。

 

「聞いてる?さつきぃ」

 他山が体重を更に私へ押し付けてくる。

「恵ちゃん、ちょっと酔い過ぎだよ。トイレ行ったら?大丈夫?」

「いいのぉ。ぶっちゃけ、留年も考えなきゃいけないのになぁ。辛いよぉ」

「知ってるよ。留年したくないなら、テニスを控えたらいいのに」

「だって、後輩が可愛いからぁ。<恵先輩!私のサーブどうでしょうか!受けてくださいっ!>って真顔でラケット振るんだよ?」

「でも、自分の学業を優先しなよ。ネームバリューで選んだとか、私言いふらさないけど、そう言う事を他の人に言ったら駄目だよ」

「うん。ごめんね。でも、テニスは続けたいなぁ。部長の話、本格的に出て来てるし」

「部長の話?恵ちゃん、やっぱり部長候補だったんだ」

「そうそうぉ。後輩の投票で私、一位取ったんだよ?三年生人気投票」

「へえ。凄いね」

 またこいつ面倒臭いこと押し付けられてるな、としか私は思わなかった。けれども余計なことは言わないのは、私のルールだ。表情を明るく作って話と対象を転換。

「あの、下北さんは卒業されてからどうするんですか?進路は」

 話を振られた下北理司が瞬時に身体を震わせて、私を素早く見た。

「いえ、あの、僕は、公務員です、上野さん」

「公務員!試験を受けられるんですよね?」

「はい、そうです、予備校に通っています、上野さん」

「へえ!そうですか。頑張っていらっしゃいますね」

「はい、頑張っています、上野さん」

 何故に私の名前を連呼するのか?パンクミュージックの歌詞か?大変にくだらないことを考える。

「下北さんは、何故公務員になりたいのでしょう?」

 私は手元のグラスを飲み干して静かにカウンターに置いてから、小首を傾げて隣の下北を見た。

「あ、あの、はい、将来が堅実だから、です、上野さん」

 パンクは続く。

「将来のことをしっかり考えていらっしゃるんですね。凄いなぁ。私はゼミの皆さんの勉学に付いて行くので精一杯」

「いや、いや、今日のあなたの発言はなかなか僕達にも出来ませんよ、実存主義、僕はぶっちゃけ、忘れていましたから、上野さん」

「あれは私にとって考えさせられる内容だったんですよ。一年生で初めて習った哲学的思考でしたからね」

「そうですか、そうなんですね、上野さん」

 ふと体の重みが取れたことに気付く。下北が座っているのとは反対の方向を見ると、他山が満面の笑みを不気味に浮かべて私達を見ていた。

「何よ?恵ちゃん」

「だって、下北さん、分かり易過ぎだからぁ!」

「君は要らないことを言わないでくださいよ」

 下北の態度が一挙に変わった。ああ、と私も分かる。

「下北さん、私は気にしませんから。大丈夫ですよ」

 何とも取られる曖昧な返答をして、下北の気持ちを攪乱してみる私。

「い、いえ、ありがとうございます!上野さん」

 口笛が飛んだ。バーの客が全員、私と下北、他山に注目していた。

「良かったなぁ、兄ちゃん!綺麗なお嬢ちゃんが認めてくれたぞ!」

 勤め帰りのサラリーマン風の中年男性が声高に叫ぶ。

「え?認める?」

 これには私も流石に困る。

「そうそう!さつき、下北さん私にはこんな調子だけど、いい人なんだから!良かったねぇ」

 他山まで追従する。

「あの、私、そんなつもりでは」

 自分の曖昧発言に責任を取ることが出来ないのは、私の美学が許さないのだが、これは厄介だ。

 

 傍らで、沈黙している者が居た。

 中村と別田だった。

 

 

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